PRIDE CLASSICS
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NISHIJIMA YOUSUKE
西島 洋介
所属
高田道場
生年月日
1973年5月15日
出身地
東京都
身長
180 cm
体重
88.5 kg
バックボーン
ボクシング
ニックネーム
不死身のシンデレラマン
入場曲
BEAT! [尾藤イサオ] (PRIDE.32)
主な獲得タイトル
1995年 NABO北米クルーザー級王座
1996年 OPBF東洋太平洋クルーザー級王座
1997年 WBF世界クルーザー級王座
日本人では数少ないヘビー級プロボクサー。それまでの日本人ヘビー級が、ただ体が大きくて肥満体型だったのに対して、均整のとれた肉体と本格的なテクニックを身に付けた和製ヘビー級ボクサー誕生として世間から騒がれた。
1992年3月26日、大きくなれとの願いを込めて本名に「山」を付けた「西島洋介山」のリングネームでデビュー。地下足袋姿に唐草模様のトランクス、「宇宙パンチ」「手裏剣パンチ」などの必殺技を使うとして、当初は話題先行型だったが、その基礎のしっかりしたテクニックと重いパンチはボクシングの専門家からも高い評価を得た。
1995年2月19日にNABO北米クルーザー級王座を獲得、1996年10月5日には世界王座に継いで権威のあるOPBF東洋太平洋クルーザー級王座決定戦で3RKO勝ち、日本人として最重量級のタイトルを手にした。
1997年7月11日にはラスベガスで、WBF世界クルーザー級王座を獲得。WBFは日本では認められていないタイトルではあったが、アメリカでは認められた世界王座である事はれっきとした事実。ついに日本人ボクサーが、前人未到の重量級の世界タイトルを手にした歴史的な瞬間だった。これにより、メジャータイトルであるWBC世界クルーザー級6位にランクインする快挙も達成している。
西島はさらに本格派の重量級ボクサーになるべく、所属ジムを辞めて単身渡米。1998年にアメリカ・カリフォルニア州のライセンスを取得し、「西島洋介」の本名に戻ってアメリカを主戦場に再スタートを切った。アメリカでは5連勝を飾ったが、2003年7月10日にカリフォルニア州クルーザー級王座決定戦に臨むもKO負け。連勝記録は「20」でストップ。以後、ヒジを痛めて試合からは遠ざかっていた。
ボクシングのヘビー級という、日本人未開拓の地に敢然と闘いを挑んだ西島洋介が、新たな挑戦の場として選んだのはPRIDEのリング。PRIDE初参戦となった『PRIDE.31 -Dreamers-』では、マーク・ハントと真っ向勝負の打ち合いを挑むが、3Rに力尽きレフェリーストップとなった。試合には敗れたものの、世界を制したボクシング・テクニックと復活に賭ける根性と闘志でファンから支持を集めた。
勝敗
対戦相手
結果
大会名
日付
×
フィル・バローニ
1R 3分20秒 TKO(チキンウィングアームロック)
PRIDE.32 ”THE REAL DEAL”
×
エヴァンゲリスタ・サイボーグ
1R 3分24秒 スリーパーホールド
PRIDE無差別級グランプリ2006 決勝戦
×
吉田 秀彦
1R 2分33秒 トライアングルチョーク
PRIDE無差別級グランプリ2006 開幕戦
×
マーク・ハント
3R 1分18秒 TKO(スタンドでのパンチ)
PRIDE.31