実兄のムリーロ・ニンジャ同様に、アグレッシブな打撃と粘り強いグラウンドテクニックを併せ持ち、特に休むこと無く攻め続ける無尽蔵のスタミナは兄譲り。03年8月にブラジルで行われた第9回メッカワールド・バーリ・トゥードで、エヴァンゲリスタ・サイボーグと対戦。真っ向から打ち合い、最後はマウントパンチの雨を振らせて見事TKO勝利を飾っている。PRIDE初登場となった03年の『PRIDE 武士道』では小路晃を打撃で押し込み、TKO勝利を飾っている。そこから郷野聡寛、滑川康仁、金原弘光と4連続1RKO勝利。同門のシウバに続く「日本人キラー」ぶりを発揮した。さらに『PRIDE GP 2005 開幕戦』では、兄のニンジャを破ったランペイジを完膚なきまでに叩きのめし、『PRIDE GP 2005 2ndROUND』では優勝候補に押す声も多かったホジェリオを退けた。準決勝ではアリスターとの新鋭対決を制し、初のGPエントリーながら決勝進出。決勝は兄弟子・シウバを破ったアローナを相手に、わずか1R 2分53秒でのKO勝利。見事ミドル級GP王座を手中にした。しかし06年最初の試合となった『PRIDE.31 -Dreamers-』のマーク・コールマン戦で右肘を負傷。よもやのレフェリーストップ負けを喫したが、その7ヵ月後にザ・スネークを、PRIDE初のアメリカ大会である『PRIDE.32』ではランデルマンを退け、完全復活を果たした。アメリカ大会連続参戦となった『PRIDE.33』では、今回3度目となるアリスターと対戦するも、貫禄のTKO勝ちを収めた。